27号 微細炭素繊維による水素ガスの吸着と脱着  
1. PAFCの実証運転実験
2. MCFC長寿命加速試験のスタート
3. SOFC開発情報
4. 家庭用PEFCの商業化計画
5. メタノール燃料FCの開発成果
6. 次世代車を巡る各自動車会社の開発戦略
7. 固体燃料FCの開発情報
8. 炭素繊維による水素の吸蔵能力に関するDOEレポート


1. PAFCの実証運転実験
 東邦ガスは名古屋大学東山キャンパス内に設置した“PC25C”の実証試験運転を開始したと発表した。今回の実証研究は、電力については商用系統と連携し、熱は温水プールの加熱や更衣室の冷暖房に利用してFCの耐久性や信頼性を評価することを目標としているが、他方名大の架谷研究室と共同で吸着ヒートポンプを研究開発することも予定に入っている。この研究はFCから回収した60℃の低温水排熱を空調用熱源として利用しようとするもので、熱の応用分野を拡大することが目的である。
(日本工業新聞98年6月12日)
2. MCFC長寿命加速試験のスタート
 電中研とIHIは共同で、MCFCの長寿命化と高性能化を目的として、98年7月12日から加速試験をスターとさせることになった。MCFCの寿命を阻む要因の一つは、電極として使用されている酸化ニッケルが電解質に溶けだし、それが2つの電極をショートさせる“ニッケル短絡”にあると言われている。96年に電中研と日立製作所が行った共同実験によって、電解質については従来の“リチウム/カリウム系炭酸塩”よりも“リチウム/ナトリウム系炭酸塩”の方がニッケル短絡抑制効果の高いことが明らかにされた。このリチウム/ナトリウム系炭酸塩を用いた場合の寿命は約3000時間と言われているが、電極材料に改良を加えれば、約2倍にまで寿命を伸ばすことができると考えられている。
(電気新聞98年6月23日)
3. SOFC開発情報
 98年6月2日から5日まで開催された3rd European SOFC Forumに於いて、昨年の12月以来、オランダArnhem近郊で運転中のWH社製100kW円筒型SOFCコージェネレーションシステムの運転状況に関する、WH社S.E.VeyoおよびChris A. Forbesの両氏による報告があった。本プラントはSOFCでは世界最大規模の実証運転で、発電電力はオランダの電力系統に送電され、同時に発生する85kWの熱は地方の熱供給システムに導入されている。最大の送電端発電効率は、出力100kWに於いて47%であり、最大発電容量は160kWまで可能と期待されている。アメリカDOEのMark C. Williams氏は、彼自身の講演に於いて「WH社の円筒型SOFC技術は、他の如何なるSOFC技術に比しても、非常に広範囲な性能面に於いて有効であることが確認された」と述べたように、この種の技術は過去累積でほとんど70,000時間に及ぶ運転実績を持ち、性能劣化率は1,000時間当たり0.1%以下であることが確認されている。WH社の論文によれば、15気圧での加圧運転が最近Ontario Hydroで実証されたようであるが、この試験を同社は出力2MWGT/SOFCコンバインドサイクルに於いて70%以上の発電効率(ac/LHV)を実現するための重要なステップと位置付けている。これらの成果は、WH社の電力部門を併合することになっているSiemens社にとって朗報であるに違いない。
 他方Siemens社は、1998年末までに同社自身が開発中の平板型SOFC技術を評価するための50kWコンポーネント試験装置(component test stand)を完成し、先ず出力12.5kWスタックの性能を試験する予定と述べている。これらのスタックでの出力50kW試験は1999年末になる見込みである。又Siemens社のH.J.Beie氏等5人の研究者が発表した論文は、同社はユーザと共同で2002年に100kW実証プラントの建設を計画していると伝えている。
 スイスのSulzer Innotec社は、小容量SOFCシステム”HEXIS”に関する研究開発成果について発表した。報告の中にはスイスWinterthurおよびドイツDortmundに於ける天然ガス燃料を用いた実証運転が含まれている。結論としてSulzer社の発表者は「これらを商業化に対して自信をもたらす結果」と評価し「更に10ユニットによる試験がヨーロッパと日本に於いて計画されている」ことを披露した。会議参加者の幾人かは「Sulzer社の革新的な設計(innovative circular design)と人々を納得させる商業化戦略(a convincing marketing strategy)は、平板型SOFCの分野において同社を第1走者(the front runner)に仕立てる可能性を示唆している」とも語っていた。
(Hydrogen & Fuel Cell Letter, July 1998 Vol.XIII/No.7, p4)

 関西電力総合技術研究所では、700ないし800℃の低温で動作可能なSOFCの基礎研究に取り組んでいる。セリア系電解質(酸化セリウム)にガリウムを0.1?0.2%添加することにより燒結性が著しく向上し、導電性も大幅に良くなることが判明しているが、還元しやすいという欠点があるため、その傾向の小さいランタンとガリウムの酸化物が電解質として適用できるかどうかについて検討を進めている。今後は電解質材料の導電性・還元性の制御方法の開発とともに、新しい電池材料の探索や材料合成法についても開発を進める予定である。99年度には低温作動セルを試作して電池特性を評価する計画を立てている。
(電気新聞98年6月5日)

 電源開発は98年7月8日、三菱重工と共同で進めている円筒横縞型SOFC10kW級(最大21kW)モジュールにより、加圧状態で連続3,000時間の運転に成功したと発表した。これは電発若松総合事業所で行われた運転実験で、モジュール内にはセルチューブ404本が設置されている。引き続き年末までに7,000時間連続運転を実現する予定で、これに成功すれば将来石炭ガス化炉と組み合わせた石炭ガスコンバインドサイクルの実用化に向けて大きく前進することになる。3ないし4年後には100kWでの実用化に漕ぎ着ける予定と同社は話している。
(日刊工業新聞98年7月9日)


4. 家庭用PEFCの商業化計画
 1年前に設立されたPlug Power社は、FCを1家族家庭(single family home)用電源として商品化しようとするレースに於いて、第1人者としての地位を獲得するための活動を始めたようである。同社は98年6月、New York州の首都Albanyの近郊にある1軒の煉瓦作り農家(brick ranch-style house)に於いて、水素を燃料とする出力7kWのPEFCプロトタイプを公開した。そしてGary Mittleman社長は「2000年までに家庭用FCの商業生産を開始するために、300人の新たな雇用を予定している。そして我々は誰よりも先に大量生産を実現したい(making ‘a million units before anybody else’)」と宣言した。
 今までに家庭用小用量のPEFC開発プランを掲げている企業グループとしては、EPRIと組んでいるAmerican Power Corp.およびthe Small Scale Fuel Cell commercial-ization Group)が存在する。
 この新しいFC披露の場に出席したNew York州知事は、300人のハイテク雇用が新たに創出されることを喜び、又Assistant Energy SecretaryのDan W. Reicher氏は「FCの出現が人々の生活様式に及ぼすであろうインパクトにおいて、それは冷蔵庫、ルームエアコン、あるいは蛍光灯の出現に匹敵するであろう」と賛辞を呈している。
 披露されたこの“プロトタイプ7000モデル”について、電解質用イオン交換膜がW.L.Gore & Associates製であること以外、技術的な具体的内容は明らかにされていない。容積についての定量的記述もないが、同社のWilliam Acker氏は「FCシステムの大きさを半分にまで縮めることを目標としている」と述べ、又Mitteleman氏は「システムの変換効率は40?50%になるものと期待している。現在大型石炭火力の効率は35%レベルであり、それに送電ロスの5?8%を差し引くと、結局消費者に対しては20%の経費節減をもたらす筈である」と語っている。“New York Times”紙によれば、電力事業者は3万ないし5万ユニットのPlug Power FCを買う計画を持っているようである。
(Hydrogen & Fuel Cell Letter, July 1998 Vol.XIII/No.7, pp3-4) 
5. メタノール燃料FCの開発成果
 アメリカ・ペンシルベニア州立大学の研究チームは、メタノール燃料FCの新しい触媒電極を開発したと発表した。これはPEFCあるいはDMFCの性能向上に役立つ研究成果と思われる。FCの電極には通常白金が使われるが、同研究チームは白金、ルテニウム、オスミウム、イリジウムから成る触媒電極を開発し、これを用いれば従来の電極に比べて性能が4割以上向上することを確認したと伝えている。
(日経産業新聞98年6月17日)
6. 次世代車を巡る各自動車会社の開発戦略
 フォード社のアレックス・トロットマン会長は、「FCは21世紀の最も重要な技術の一つと思う」と語り、世界の自動車メーカで21世紀に生き残れるのは日米欧の6社であると言明した。フォード社はドイツのダイムラーベンツおよびカナダのバラード社と協力し、FC自動車の開発と市場戦略を推進しようとしており、2004年には量産車を発表する予定を立てている。目下のところFCはコスト高が実用化の最大の壁になっているが、2004年にはデイーゼルエンジン車並の製造コストを実現し、量産体制に入ることができると考えているようである。ベンツ・フォードグループは、メタノール燃料によるFC自動車が有力であるとの観点から、メタノール方式での量産化を目指しているが、他方フォードは、新しい燃料面からの開発に乗り出すため、石油メジャーのモービルと98年3月に提携関係を確立した。両社は「FCレースでは最初にゴールしたメーカ、すなわち市場に投入できる自動車を開発したメーカがそれ以降のルールを決める」との観点から、世界標準作りに先手を打とうとFCの開発に積極的な展開を図ろうとしている。
(朝日新聞98年6月17日)

 これとは別に日本のトヨタ社は、アメリカGM社と次世代低公害車自動車等環境技術全般で相互協力することで合意しており、7月にも技術交流を始める予定になっている。FCやハイブリッド車等で世界のトップレベルの技術を持つトヨタと、世界の自動車市場に大きな影響力を持つGMの思惑が一致したためで、今後はダイムラー・フォード連合に対抗し、21世紀初頭に於けるFC自動車の商品化を目指している。
(日本経済新聞98年6月12日)

 トヨタ社役員の1人Mark Amstock氏は「同社とGM社は協同して自動車用FCを開発することに同意した」と伝える日経新聞の報道(6月12日)内容を否定した。Amstock氏によれば、両社の役員が共同事業について協議するため定期的に会っていることは確かで、2週間前には新しい電気自動車用誘導式充電システム(inductive charging system)を共同で開発することに同意した。
(Hydrogen & Fuel Cell Letter, July 1998 Vol.XIII/No.7, p7)

 トヨタ社は自動車用FCの開発に関連して、ドイツの化学会社“ジュードウ・ケミー”(本社ミュンヘン、略称SC)と提携し、ベルギーにあるトヨタ社の拠点で、CO等不純物を取り除く新触媒の開発と実証試験を共同で始めたことを明らかにした。新触媒を組み込むことでPEFCの性能がどの程度向上するかを検証するとともに、FCの高性能化を目指して開発研究を推進する。先ほどブリュッセル郊外にある欧州統括会社“TMME”にSC社の技術責任者を招き、トヨタが試作したFC自動車にSC社が開発した触媒を適用して実証試験を行うことで合意、実証試験運転を開始した。なおSC社は1857年に化学肥料会社として設立され、現在は大気や排ガスの浄化に使用する触媒の開発・製造等環境技術分野で世界的に知られるに至っている。又触媒技術開発では、同国の大手化学会社“デグッサ”と提携関係にある。社員数は5,000人、年間売上高は13億5000万ドイツマルク。
(中日、東京新聞98年6月29日)

 トヨタ自動車の和田副社長は、98年7月1日に行われた新車発表会で、奥田社長から2003年までにFC自動車を商品化するよう指示されていると語った。しかし同副社長は「インフラの整備など勉強を進めている最中で、まだ2003年までにやります」と答えられる段階にはないとも述べている。これはダイムラー・フォードグループが、2004年までにFC自動車の商品化を実現すると表明していることに関連して答えた内容である。
(中日新聞、日本工業新聞98年7月2日)

 トヨタ系部品メーカであるアイシン精機は、98年7月3日、イギリスのジョンソン・マッセイ社の技術を導入しながらも、自動車用FCシステムを独自に開発したことを明らかにした。詳細については不明であるが、メタノールから水素を生成する際に生じるCOの濃度を小さくすることに成功したものと思われる。
(朝日新聞98年7月4日)

 本田技研工業は98年7月7日、FC自動車を2003年にも実用化する方針を明らかにした。吉野浩行社長は「40ないし50年先には石油は枯渇するか、価格が高騰する。その時にはFC自動車が主流の地位を占める」と述べ、開発に本格的に取り組む考えを表明した。
(朝日新聞98年7月8日)


7. 固体燃料FCの開発情報
 アメリカのベンチャー企業レベオ社のサデク・ファリス社長は、98年6月24日に開催された日本開発銀行主催のアメリカ・ハイテクベンチャーフォーラムの席上で、同社が固体燃料を使ったFC技術を開発したと発表した。同社長によると、亜鉛の酸化反応によって電力が得られるとのことであり、従来の亜鉛・空気電池ではないかと思われる。燃料極にはカセット型の亜鉛テープ又はカード型亜鉛が燃料として挿入される。リチウムイオン電池に比べて7倍から8倍の耐用性があり、CO2の排出は無く低コストである等を長所として挙げている。
(日刊工業新聞98年6月24日)

 上記レベオ社は、エジソン技術ポートフォリオ(ETP)と称する戦略を掲げて次々とベンチャー企業を小会社群として設立し、トーマス・エジソンのように様々な分野で発明・開発した未踏技術を商品化するのを得意とする会社である。それら小会社の中に、“FCバッテリ”の開発を担当するEボニックス社があるが、サデク・ファリス社長は、「われわれがあえてFCバッテリと呼ぶこの“夢の電池”は、水素燃料に比べてはるかにコストの安い亜鉛・空気電池のことで、これを実用化すれば車の走行距離を1,600kmにまで伸ばすことができる」と語っている。この電池開発に同社は既に600万ドルを調達し、年内には更に1,200万ドル手当するのが目標とのことである。
(日刊工業新聞98年7月2日)


8. 炭素繊維による水素の吸蔵能力に関するDOEレポート
 “もし水素燃料FC自動車が広く普及することになれば、水素に対する需要は著しく増大することになろう。例えばNew Jersey州を走行する全てのバスが水素FCバスに置き換えられたとすれば、水素の需要は3000万scf/day(scf:standard cubic feet=0.028m3)にも達することになる”これはDOEの水素技術開発計画を評価するために、98年4月28日?30日に開催された98年レビュー研究会(U.S.DOE Hydrogen Program’s 1998 annual peer review)において、Princeton’s Center for Energy and Environmental Studiesの研究者Joan Ogden氏によって語られた講演の一部である。このように多量の水素が交通機関用燃料として使われるようになると、水素貯蔵技術がますますその重要性を増大させるものと思われる。現在DOEの水素開発計画では43のプロジェクトが実施されているので、本レビュー研究会では多くの開発成果が披露されたが、その中で注目される研究発表の一つにgraphite nanofibers(GNF)による水素吸蔵効果に関する実験データが挙げられる。この発表は、Northeastern University,BostonのNelly Rodriguez氏によって行われた。以下にその講演内容の概要を紹介する。
 Rodriguez氏の講演は、種々の性状を持つ幾つかの小さな炭素材サンプルを鞄の中から取り出して、これら炭素材の水素ガスに対する吸着(adsorption)および脱着(desorption)性能に関する実験データの説明から始められた。同氏の説明によれば、活性炭(activated carbon)、円筒形状(tubular)、繊維織物状(herringbone)および板状(platelet)GNFの中で最も高い吸着と脱着の性能を示したのはherringbone GNFであり、温度25℃、初気圧112atmの水素ガス中にサンプルを置いて計測した結果、この炭素材はその1g当たりで水素ガス23lit.を吸着し、脱着は15.69lit.であった。これらのデータを重量換算での吸着率および脱着率によって表すと、それぞれ67.5%および58.37%になる。この様な高い吸着率を示すのは、水素の侵入によって炭素の格子が膨張し、水素の移動度(mobility)を抑え、水素に液体に似た性状 (hydrogen liquid-like characteristics)を与えるからであり、そして更に多量の水素が侵入することになれば、繊維層(layers)が分離始めるからではないかとRodrigues氏は語っている。同氏は、5月25日付 ”Chemical and Engineering News” において、「炭素繊維材はまるで “accordion” のように広がりながら多量の水素分子を取り込むことができる」と述べている。しかし問題は彼以外にこのような高い吸着性能を確認した実測データの無い点で、それ故に専門家の間でまだ疑問点が残されている。
(Hydrogen & Fuel Cell Letter, June 1998, Vol.XIII/No.6, pp4-6, The Journal of Physical Chemistry B, Vol.102, No.22, May28, 1998 p4253)
9. アメリカ議会に於けるFC開発予算審議
 アメリカ議会の予算歳出委員会(Appropriation Committee)は、交通機関用FCの開発予算として、2,965万ドルを要求することになった。開発の重点項目は材料開発とコスト削減で、その他研究項目としてコンポーネント、燃料および燃料処理、システム統合等の技術開発が挙げられている。この額は現在の予算に比べて約600万ドル高いが、政府の要求額に対しては1500万ドル少なくなっている。天然ガス利用の定置式FCに対する要求額は3,720万ドルで、これには250kWおよび1.2MWMCFCおよび先進型SOFCの実証研究が含まれる。この数字は政府要求に比較して500万ドル少ない。
(Hydrogen & Fuel Cell Letter, July 1998 Vol.XIII/No.7, p1-2)
― This edition is made up as of July 7, 1998 ―