第10号 自動車用FCの燃料改質方式に関する論争
Arranged by T. HOMMA
1. クライスラー社のFC自動車
2. フォード社による研究開発
3. ドイツにおけるFCバスの開発
4. FC自動車に関する燃料供給システムの路線論争
5. わが国に於けるクリーン自動車の開発計画
6. PAFCフィールドテスト計画と実績
7. 石炭ガス化複合発電の開発
8. その他
・A POSTER COLUMN
1. クライスラー社のFC自動車
(1)FC自動車の模型
 Chrysler社がガソリン燃料のFC自動車開発計画を発表したことは、既に本NEWS Vol.9で述べたが、最新の”Hydrogen & Fuel Cell Letter”は、これについての詳しい内容を報じている。それによると、97年1月11日から20日までアメリカのDetroitで開催された”North American International Auto Show”で展示されたのは、透明なケースの中に納められたワイヤ組み立ての模型(Wireframe mockup)であり、円筒型のPEMFCがよく見えるように真ん中に備えられている。前にも述べたように、このFC駆動中型セダン車の主要なコンポーネントは、ガソリン改質のための部分酸化改質器(Partial Oxidation Reactor:POX)およびPEM本体である。POXはA.D.Little社のよるものであることは公表されているものの、PEMについては製作者が明らかにされていない。クライスラー社自身による開発の可能性が高いと思われるが、他社による可能性についての質問に対する同社スポークスマンの答えは、”We’re not going to put this in a box yet, so let’s not rule out anything”で、それをはっきり否定するものでは無かった。
 純水素やメタノールを燃料とするFC自動車に比べて、このガソリン改質FC車は燃料供給インフラや車に搭載する燃料タンク容量に於いて有利になることは、前号の NEWSで既に述べたが、それにも増してガソリン車の長所は「ドライバーが最も慣れた方法で給油できる点にある」と同社のCastaing副社長は述べている。

(2)レイアウトとコンポーネント
 前述の模型に表示された各種コンポーネントは、いずれも現状技術で製作可能であると同社のDr.C.E.Borroni-Birdは述べている。模型に示されたレイアウトによれば、動力の心臓部であるPEM/POXシステムは、以下に示すような5つの主要なコンポーネントから成り立っている。その第1はバーナ付燃料気化器(fuel burner/vaporizer)であり、その形態は直径約6インチ(15 cm)、長さ20インチ(51 cm)の円筒型で示される。第2の部分酸化反応器(partial oxidation reactor)の形状は、直径14インチ(30 cm)、長さ22インチ(55 cm)のスパークプラグ付の円筒形である。気化された燃料はこの反応器において空気と反応し、水素とCOに変換されるが、ガソリンに含まれている硫黄分は硫化水素ガスとなり、フィルターを通して外部に排出される。この段階に於ける改質ガスのCO濃度は約30%と推定されている。第3のコンポーネントはシフト変成器(water gas shift component)で、ここでは酸化銅(copper oxide)および酸化亜鉛(zinc oxide)を触媒として、水蒸気とCOが反応して水素とCO2を生成する化学反応が進行する。COの濃度はこの段階で1%になり、又この機器の大きさは燃料気化器とほぼ同一である。更にCO濃度を下げるための反応層(preferential oxidation stage)では白金触媒が用いられ、より高濃度の水素を生成するとともに、熱交換器を通過することにより、水素ガスは80℃の温度にまで冷却されてFCスタックに供給される。これが第4のコンポーネントである。以上4つのコンポーネントは、エンジンボンネット(hood)の下、前部に置かれている。第5番目のPEMスタックは直径8インチ(20 cm)、長さ5フィート(152 cm)の円筒形で、模型では客室に備え付けられているが、本来は駆動軸管(drive shaft tunnel)内に設備されることになろう。なおここではPEMの出力については触れられていない。
 その他の主要なコンポーネントとして、ガソリンタンク、バッテリ、および電動機制御系が挙げられる。FCの効率は内燃機関に比べて高いので、走行距離が同一であれば、タンクの大きさは現在のガソリン車に比べて2.5分の1の大きさで足りることになる。クライスラー車の提案するこのFC車は、いわゆるハイブリッド車で、発進や加速時に必要な電力はバッテリから電動機に供給される。その他、部分酸化改質器におけるスパークプラグや各種プロセッサー用電源、更にFCが運転温度に達するまでの駆動用電源としてもバッテリは不可欠であり、その大きさはリチウム電池、リチウム−ポリマー電池、ニッケル水素電池であれば、数立方フィート(1 ft3 = 0.0283 m3)程度になると思われる。これを電気自動車の駆動用バッテリと比較すれば、大きさに於いて1/5ないし1/10に過ぎない。

(3)コスト分析
 Borrioni-Birdは、もし現在の技術レベルでの大量生産体制を仮定すれば、FCのコストは$200/kWになろうと予測している。現在の内燃機関自動車の動力駆動システムのコストは約$30/kWであり、システム全体で比較すればFCのコストは内燃機関のそれに対して一桁高くなる。彼はコスト低下の必要性は言うまでもないが、商業化に於ける最も重要な課題は、現在の社会環境において顧客の期待を満足させられるような性能を持ち、そしてそれが対費用性(cost effective)において優れていることであると述べている。(Hydrogen & Fuel Cell Letter, January 1997, Vol.XII/No.1, ISSN 1080-8019 p1)  
2. フォード社による研究開発
(1)FC自動車の概念設計
 まだ試作車や模型が公開されてはいないが、フォード社(Ford Motor Co.)は高圧水素ガスを燃料とするPEMFC自動車の概念設計を完了した模様である。このTaurus-derived PEM fuel cell carは、ガソリンタンクのあるべき位置に2本のシリンダーが格納されており、それには5,000psi(345 atm)の水素ガスが封入されている。駆動部分を形成する出力50kWPEMスタック、モータ、コンプレッサー、並びに補機類は、ボンネットの下のエンジンルームに設置され、前輪駆動が採用されている。Directed Technologies, Inc.(DTI)は、DOEによるdirect- hydrogen fuel cell vehicle programの基で、フォード社の開発研究に協力して、水素供給インフラの検討を行ってきた。発表された論文によれば、Ford Stableのような軽量化された車種を想定し、EPA標準走行パターン(都市内道路55%、高速道路45%)を適用すると、3.58kgの高圧水素ガスによって275マイル(440 km)の走行が可能である。更に現在のPNGV(Partnership for a New Generation of Vehicles)が掲げる車体の軽量化(1,032 kg)、空気抵抗や転がり摩擦の低減が目標値通りに実現すれば、走行距離は380マイル(608 km)にまで伸びるものと予想される。

(2)水素供給インフラ
 DTI社の論文は、将来水素自動車が普及すれば、大規模な水蒸気改質装置によって充分競争可能なコストで水素の供給ができると述べている。しかし実証段階においては自動車の台数が少ないので、燃料コストが割高になるのはやむを得ない。 実証段階に於いては、小規模の水蒸気によるメタン改質器もしくは電解槽(electrolyzer)が水素の供給源として採用されることになろう。
 DTI社によるコスト分析は、圧力スイング吸着システム(pressure swing adsorption system)、コンプレッサー、および貯蔵装置を組み込んだメタン改質システムは、50台程度のFC自動車を対象とする給水素スタンドを想定すれば、ガソリンの卸売価格に比べてはるかに低い等価価格で水素を供給し得ると述べている。
 電解槽については、1台か2台の自動車用給水素ガススタンドを前提とした、例えば小容量の家庭用給水素ガス設備に向いていると予想している。カナダのElectrolyser Corporationが開発に取り組んでいるが、アメリカ、コネチカット州Rocky Hillに設立されたPROTON Energy Systems社は、このフォードとDTI社のシナリオを想定して、PEM電解槽の開発を開始した。従来Hamilton-Standard社が軍事用PEM電解槽を開発していたことは知られているが、PROTON社はそこから多数の技術者を受け入れたようである。電解槽の価格について、それは生産台数によるものの、DTI社はカナダ製品のそれを参考に、自動車1台分の給水素ガススタンドの価格は$500程度と推定している。(Hydrogen & Fuel Cell Letter, January 1997, Vol.XII/No.1, ISSN 1080-8019 p5)  
3. ドイツにおけるFCバスの開発
 ドイツのバスメーカMAN社が、Siemens社等他のメーカと共同で、水素を燃料とする内燃機関・PEMFC駆動ハイブリッド市内バスを開発することになった。このバスは1999年に社会にデビューする予定になっている。もしこのプロジェクトが成功すれば、世界で初めて水素燃料によるFCと内燃機関ハイブリッド車が実現することになる。バスの模式図を見れば、屋根の上前部に高圧水素ガスボンベが設置され、FCシステムおよび電動機は後部に格納されている。PEMFCおよび電動機はSiemens社が供給する模様で、FCは30−45kWモジュール4ユニットから成り総出力は120−180kW(420V)、電動機の定格出力は150kWと伝えられる。走行距離は少なくとも250kmを予定しているが、MAN社の技術者は300km以上にまで拡大したいと述べている。開発資金は1,100万DM($680万)で、その半額をドイツBavaria州が提供し、残りの部分はSiemens社(約60%)、Linde社(約5%)、そしてMAN社(約35%)等、Bavaria州産業界が負担する模様である。(Hydrogen&FuelCell Letter, Feb.1997, Vol.XII/No.2, ISSN 1080-8019)
4. FC自動車に関する燃料供給システムの路線論争
 FC自動車の開発指針に関して、メーカは以下に示す2種類のパスの選択を強いられることになろう。それは数年前、ビデオテープの開発に於いて”VHS”か”Beta”かで争われた経緯を思い浮かばせる。その選択とは
1)メタノールやガソリンのような液体燃料によって走行する改質システム搭載のFC自動車の開発
2)定置式改質装置による水素供給システムの構築を前提とする水素FC自動車の開発
前者の代表がクライスラー社であり、後者の代表がフォード社とDTI社の路線である。
 DTIやフォード社は、定置式改質水素供給システムは、暖気時間(warmingup time)、ダイナミックな性能、重量、耐振動および衝撃性、温度制約の点において設計条件がはるかに有利であり、又経済性の観点から見ても、定置式では改質装置の利用率が少なくとも1日当たり12時間(定格運転)になり得るのに対して、車載方式では利用率は1日当たり1時間程度にしかならないと推定している。自動車搭載の改質装置の場合は、ほとんどが部分負荷運転であり、常時定格運転が見込まれる定置式に比べて経済性の面で不利だと言うのが彼等の主張である。
 上記の主張に対して、クライスラー社のような車内改質方式の提唱者は、定置式改質システムを前提とした水素FC自動車は、走行範囲が水素スタンドの設置された区域に限られるのに対して、車載改質車であれば、特にガソリン改質の場合、いかなる地域や国においても走行可能であると主張する。又軽量水素タンクのコストは、$3,000から$5,000の範囲になると推定され、これに比べてガソリンタンクの価格ははるかに安い。
 コスト論争に関しては、当分終わりそうにない。DTIの論文は、車載改質装置のコスト目標は、最も野心的な数値をとっても$20/kWであり、したがって出力50kWのFCシステムは$1,000になると述べている。しかも車載改質ガスで運転するFCは、発電効率を低下させる可能性があり、それだけFCシステムのコストは上昇することになる。
 Sandy Thomasによれば、「我々は車載のガソリン改質FC自動車よりも、定置式改質装置によって、より小さなリスクで、より安価な水素を供給することができると信じている」であり、これに対して、クライスラー社のChristopher E.Borroni-Birdは、「例えば、ショウルームに以下のような3種類の自動車、すなわち“1)燃料は水素で燃費は2倍優れている、2)燃料はメタノールで燃費は70%有利、3)燃費は50%有利に過ぎないが、燃料にガソリンを使うことができる”が陳列されているとして、値段が同じであったとすれば、あなたはどの車種を選択しますか?」と問いかけている。(Hydrogen & Fuel Cell Letter, January 1997, Vol.XII/No.1, ISSN 1080-8019 pp5-6)  
5. わが国に於けるクリーン自動車の開発計画
 既に本NEWS No.6で述べたように、通産省は来年度から高効率クリーンエネルギー自動車の研究開発を開始することになった。内容は内燃機関、蓄電池、燃料電池等、他種類の駆動機関を組み合わせたハイブリッド車で、効率は少なくとも現状の2倍を目標としている。NEDOを通してメーカ等に委託し、予算額は7年間で総額約40億円、初年度(1997年度)予算としては2億1000万円が計上されている。97年度は各要素技術の基本設計を実施するとともに高効率クリーンエネルギー車の総合的な概念を示すことになっている。(電気新聞97年2月5日)  
6. PAFCフィールドテスト計画と実績
(1)通産省のフィールドテスト事業
 資源エネルギー庁は、FCの普及を促進するため、97年度から高性能次世代PAFCによるコジェネレーションフィールドテスト事業に対して補助金を交付することになった。ホテル、病院、事務所、下水処理場等に設置され、総合効率が80%以上、熱電比率が1以上の高効率で多用途性のあるPAFCが対象となる。初年度(97年度)予算は予算3億3000万円で、NEDOを通して8件の事業に対し、補助率3分の1で交付される予定である。(化学工業日報97年2月5日)

(2)最長連続運転時間記録
 東京ガスは、わが国ガス業界が実施しているオンサイト用燃料電池のフィールドテストについて、1996年12月31日現在に於ける運転実績を発表した。連続運転については、96年8月31日時点に於ける実績と同様、東京都環境科学研究所のONSI製PC25Aが世界最長記録を持っているが、その時間は9,478時間に達した。連続運転時間6,000時間以上の記録(96年12月31日時点)は下表の通りである。

事業者
設置場所
発電容量
(kW)
メーカー
運転開始
(年/月)
累計運転時間
(hrs)
最長連続運転時間
(hrs)
備考
東ガス
東京都環境科学研
200
ONSI
95/05
11,449
9,478
東ガス
東京イースト21
200
ONSI
92/11
27,288
7,207
記録更新中
大ガス
NEXT21
100
富士電機
93/09
23,544
6,976
大ガス
RITE
50
富士電機
93/10
23,854
6,433
東ガス
TG袖ヶ浦工場
200
ONSI
93/06
22,794
6,433

(3)累積運転時間記録
累積運転時間が25,000時間以上の設備を下表に示す。梅田センタービルのPC25Aが累積運転時間でSOCAL2号機を抜いてトップの座を獲得した。

事業者
設置場所
発電容量
(kW)
メーカー
運転開始
(年/月)
累計運転時間
(hrs)
最長連続運転時間
(hrs)
備考
大ガス
梅田センタービル
200
ONSI
94/10
32,884
5,476
東ガス
東京イースト
200
ONSI
92/11
27,288
7,207
更新中
東ガス
TG千住営業技術センター
200
ONSI
92/11
26,602
4,849
大ガス
大津タイヤ泉大津工場
200
ONSI
93/06
26,155
3,161
東ガス
東ガス田町
200
ONSI
92/11
25,741
4,213
大ガス
NTT関西NWセンター
200
ONSI
93/02
25,337
2,761
大ガス
阪急電鉄本社2号
50
富士電機
93/03
25,327
2,114

 前回96年8月31日時点での記録と比較すると、6位までは変更はないが、7位が酉島FCセンターから阪急電鉄本社2号に入れ替わっている。(日刊電気通信97年1月24日) 
7. 石炭ガス化複合発電の開発
・電源開発は97年2月3日、世界で始めてFC用石炭ガス化製造技術に関する研究開発(EAGLE)に着手すると発表した。97年度からパイロットプラントの詳細設計を開始し、2001年から2004年にかけて試験運転を実施する予定となっている。同プラント運転研究の目的は、石炭をガス化装置で生成された石炭ガスを燃料として、FC、ガスタービン、および蒸気タービンを組み合わせた複合発電(IGFC)技術を確立することにあり、プラント規模は1日当たりの石炭処理能力150トンとなっている。従来の石炭火力が発電効率40%であるのに対して、IGFCでは60%程度の高い効率が期待され、CO2の削減等環境保全のためにも有効である。FC用燃料となるガスは、不純物の含有量の低いことが要求されるので、ガス製造技術の確立が重要な開発要素の一つである。。開発費は国の補助を含めて約240億円と見積もられている。なおFCの種類については既に研究が進められているSOFCが有効と考えられている。(日刊工業新聞、電気新聞、日本工業新聞97年2月4日)

・アメリカDOEは、ERC社およびM-C Power Corporationとの協定によって実施しているPDIプログラム(Product Development and Improvement)によって、1998年から初期商用MCFCプラントを建設し、99年から市場に導入することを目標としているが、2000年以降は石炭ガス化MCFCの実証試験に着手することを考えている。(MCFC研究組合講演要旨集97年2月6日、電力時事通信97年2月10日)
8. その他
 中部電力は、燃料電池、太陽光発電、風力発電等新エネルギーをPRするための「新エネルギーホール」を、浜岡原子力発電所(静岡県浜岡町)内に建設中で、97年7月末にはオープンの予定である。建物はRC2階建て延べ674m2で、新エネルギー体験ゾーンやシアター、情報リブラリー、レストラン等で構成される。(電波新聞97年2月8日)

 ―― This edition is made up as of Feb.13, 1997――

A POSTER COLUMN
・FCDIC学術会員の募集
 FCDICは97年7月から始まる平成9年度から、学術会員を募集することになりました。それに伴って会則も変更されます。学術会員の募集要項は、後日発表され、公募が始められますが、大体以下のような要領になる予定です。
 年会費は5,000円で、出版物の配布、事業への参加等については、正会員(法人会員)とほぼ同等の特典が得られます。
 If you have someone you would like to work with in the field of fuel cells, please get together with that person now through the FCDIC network.
 The revision in the articles of association is under way. We have been trying to come up with an acceptable proposal for the new version.